Readers Digest(1)

Xantippe, Socratis philosophi uxor, morosa et jurgiosa fuisse fertur.

 

ビジネス

他人とのあいだでは兄弟のようにビジネスを進め、兄弟の間では他人のようにビジネスを進めろ。
ビジネス上の付き合いでいちばん重要なのは、あの人は正直だと噂されるようになることだ。本物さながらに正直者を演じられれば、あなたはやがて成功する。絶対間違いない。
入手でき、キープできるものはすべて、われわれの所有物だ。質問するよりも黙って買うほうが安く上がるし、買うよりも奪うほうが安く上がる。ビジネスの普遍原則をいえば、「いちばん力を持つ者が、ルールを作り、甘い汁を吸う」
もし鍋が煮えくり返っていたら、長いスプーンを使え。もし家が火事なら、その火で暖を取れ。

V「マフィアの法則」

 

行き場のない者は自衛隊

どんなに志願者が少なくとも、定員の補充はしなければならない。陸上で二年、海空で三年という任期制の隊員は、どんどんやめていくのであります。つまり、当然、募集業務にあたっていた地方連絡部の苦悩は、いわば絶対不可能な売上ノルマを与えられた営業所のようなものでありました。
そのころ、地方連絡部に臨時勤務で出向していた友人は、こう言ったものであります。
「上野駅では家出少年を探すのに、警察の少年課とヤクザの手配師と自衛隊の地連が目を血走らせているのさ。早い者勝ちだからな」
そんなふうにして集められた隊員たちの質が、やはり前代未聞の低レベルであったとは言うまでもありません。

(中略)

ちょっと信じられない話ですが、どのくらい低レベルであったかというと、私と同期に入隊した一個区隊三十数名のうちには何人も文盲がいた。読み書きができないのであります。
あるいは数を数えられない者。これは兵隊としては文盲以上に致命的で、たとえば日に何度も行われる「点呼」に応じられない。
「番号、始め!」と言われても、「8」の次がなんであるか、「11」の次がなんなのかわからない。二列横隊の彼の後ろに並ぶ者が、とっさに目で頭数を数え、小声で「オイ、カンノ。12だぞ、12」などと教える。菅野二士はひとつうなずくが、いざ右翼から番号が流れてくると、もうプレッシャーがかかってしまって「12」を忘れてしまう。淀みなく流れてきた番号は、彼のところで一瞬停滞しまして、やおら真っ青な顔を上げて「18!」などと叫ぶのであります。

浅田次郎「極道放浪記2」

 

ポロリと落ちた手榴弾

そんなある日、手榴弾投擲の実弾訓練がありまして、こともあろうに二人一組の相棒に私が選ばれてしまった。編成表を一目見て、前の晩には母に手紙を書きました。
射場には胸の高さまで土嚢が積んである。底から少し低くなった崖下に、手榴弾を投げるのであります。
ちなみに「パイナップル型」と俗に言われる手榴弾は、バカみたいに重いものでありまして、20メートルも投げられればたいしたもの。そのくせ半径50メートルくらいの殺傷力がありまして、つまりたいへん扱いにくく、危険極まりない代物であります。

まず菅野二士が投擲、私が補助。見渡せばほかの隊員は、心なしかずっと後方にあとずさっている。「冷てえ奴らだ」と思いながら、私は人身ゴクウのように肚をくくった。
菅野君、わりに落ち着いて教本通りに構え、胸の位置で安全ピンを抜いた。
「よし」と、私は壕の中にしゃがみ込む。続いて菅野もしゃがみ込む。
1、2、3、・・・・・・アレ? 爆発音が聞こえない。
さては不発かと思って顔を上げたその一瞬、鉄カブトの中で髪の毛がザワッと逆立った。

なんと菅野二士は、安全ピンを外した手榴弾を拝むように頭上で抱えたまま、うずくまっているではありませんか。さすがの私も「ワーッ!」と悲鳴をあげた。
「浅田、浅田、オラ。おっかねえ。できねーよ」
と泣きべそをかきながら、ふるえる両手を私に差し出す。
「よせバカ。班長、ハンチョーッ!」
と、壕から首を出して必至で助けを求めても、すでに異変を察知した周囲はシンと静まり返っている。日ごろ豪勇をもって鳴るカイゼル髭の班長以下教官や隊員たち全員、クモの子を散らすように逃げ去って、あちこちで頭を抱えて伏せている。私は気の遠くなるのをふみこらえながら、
「いいか菅野、手を放すなよ。落とすんじゃないぞ」
と、すっかり膠着した指を、一本一本ほどいてやった。安全ピンを外しても、胴体についている金具が落ちなければ爆発はしないのです。
二人で鉄帽をガチガチぶつけ合いながらまず右手をほどき、左手の指を一本はずしたとたん、私の半長靴の上にポロリと手榴弾が落ちた。それをとっさに拾い上げて崖下に投げ捨て、もろとも打ち伏すまでのほんの一秒足らずの間、ご多分にもれず父母や恩師や女の顔が、何十人も脳裏をよぎったものでありました。

浅田次郎「極道放浪記2」

 

大奥女中は高額所得者

さらに大奥女中が恵まれていたのは、これらの給料や諸手当のほかに、町屋敷が下賜されたことである。
これは自分が住むわけではない。町人などに貸して、地代や家賃を取るのである。マンションなりアパートなりを一棟ごと与えられたわけである、これは拝領屋敷だから、一生の財産になる。しかも、家賃だからインフレにも強い。
現在、シングルマンションの価格が下がったため、年金代わりに購入する人が増えたとのことであるが、大奥女中もマンションオーナーだったのである。

山本博文「サラリーマン武士道」

 

ホモタイム

ホモという存在そのものがトンデモ、もしくは脳天気である、という持論の方もいらっしゃるだろうが、僕はその見解はとらない。しかし、この本の最後の方に引用されている、『さぶ』投稿欄の異様ぶりは確かに脳天気である。

「心に残るこの一行集」

・菊の穴に僕のバラを入れたい。(痛そう〜)
・女装しているが寝るとタチになります。(神秘の世界!)
・ラーメン食って頑張ろう。(何を)
・先着百人に僕のヌード写真(三枚組)進呈。(ナ、ナルシーなヤツ・・・)
・TV6チャンネル東京電力の高圧鉄塔で働いている男に魅力を感じる。(だから何?)
・見世物に犬芸オナニー裸踊り見て下さい。(み、見たいような見たくないような・・・)
・掃除、洗濯、炊事を好む30歳。(ぼ、僕の家に来て下さい)
・僕は22歳の学生ですが、只今、茶飲み友達を探しております。(枯れ過ぎていやし
 ないかっ? 22歳!)

・・・・・・・もちろん( )内は僕のソッチョクな感想。

唐沢俊一「トンデモ怪書録」

 

エッチはメンタルなもの

綾子:えっちっていうのは、セックスそのものより、もうちょっとメンタルな部分が大
   きいよね。たとえば、棺桶のような作品を作ったアーティストがいて、それは洋
   ダンスみたいに壁に立て掛けるようになってるの。そのなかに入れられて、「自
   分から出てくるな」ってパタンと蓋を閉められたことがある。そのとき、「あっ
   、この感覚ってあのマホガニーのテーブルの上にいた私だわ」ってね(笑)
憲明:そーお。
綾子:ポルノ映画やその手のエロ小説で、人目につくところで弄ばれる、羞恥責めとい
   うのがあるんだけど、たとえば、パンティー脱がされて街中歩かされたり、バイ
   ブレーター突っ込まれたまま満員電車に乗せられたり、裸にされて公園のベンチ
   に置き去りにされたりするの。「やめていいっていうまで続けていろ」といわれ
   て、その言葉に拘束されるってパターン。私、そういうストーリーがけっこう好
   きなんだよね。

斎藤綾子+伏見憲明「快楽の技術」

 

犬体質

思い返すと、約束という催眠術にかけられたように、私はよく駅前で何時間も男が来るのを待ったり、真夜中の男からの電話を待ったりしたものです。中途半端に待たされるのは腹が立ちますが、徹底的に待たされると、会えたときに驚くほど従順になってしまうんですね。自分で言うのもおこがましいですが、前世は忠犬ハチ公だったんじゃないかと思うほど、見事な犬体質であります。

斎藤綾子+伏見憲明「快楽の技術」

 

ゲイは身を助ける

それから、「芸は売っても身は売らぬ」というのは上野千鶴子センセの名言ですが、僕の場合、地位も才能もお金もないので、「売れるものならゲイも身も」という切羽詰った事情があるためでもあります。

斎藤綾子+伏見憲明「快楽の技術」

 

なぜキリスト教を選んだか

ウラジーミルは、さっそくユダヤ教を国教候補から外した。残るは、キリスト教かイスラム教である。それぞれ聖職者を招いて話をじっくり聞いた。おかげで迷いは、より具体的になった。
「妻を4人も娶れるが酒を戒律とする」イスラム教か、「妻は1人しか許されないが、酒は飲み放題」のキリスト教か。ウラジーミルは「酒」の方を採った。
これはロシア人が好んで話す10世紀のキリスト教国教化に関する秘話で、もちろん冗談である。

米原万里「ロシアは今日も荒れ模様」

 

アルコール依存症罹患率

だが、秘密にされた情報ほど普及の速いものはない。少なく見積もっても、労働能力を有する人口の約25%がアル中という数字は、なぜか外国人のわたしでさえ知っていた。まさかいくら何でも4人に1人とは大げさなんではないか、と思われるかもしれない。実はわたしもそうだった。ところが日本のメーカーのプラント輸出先の据え付け現場に通訳として同行した友人たちが、
「いやあ、あの数字はかなり低めに抑えてありますね」
と口をそろえて言うのである。

ロシア人作業班は平均15名で構成されている。すると、
「毎日ちゃんと勤務しているのは10〜11名で、後の4〜5名は昼過ぎにやって来て草むしりなんかやらされているんですよ。アル中で全く役に立たないから労働力としては当てにされてないんですね」

米原万里「ロシアは今日も荒れ模様」

 

紙コップの中身

晩年の伊藤晴雨翁がある出版社の伊豆への社員旅行へ招待された時も、美濃村氏は師の付き添いとして同行している。
バス旅行の途中、乗客にトイレを使わせるためにバスは何度か休憩タイムをとったが、社員がゾロゾロ降り立つのに、一番後方の席に座る晴雨翁は上機嫌で酒を飲み続けながら、一向にトイレへ降り立つ気配を見せない。随分と我慢出来る老人だと社員達は不思議に感じたが、理由を知っているのは美濃村氏だけだったらしい。
美濃村氏は後ろの座席から渡されるコップの中の師の尿を車窓を開けて外へ放出していたのである。走行中のバスの中で晴雨翁は酒を飲むコップへ尿を放出し、次から次へと弟子に手渡していたのだ。
尿をコップに出し終わると師は再びそのコップへ一升瓶の酒を注ぎ、上機嫌で飲み続けていたという。

団鬼六「外道の群れ」

 

ゾウの大グソ

ハクスレーというイギリス人は、その『インド旅行記』に次のように述べている。
「わたしは、ゾウに乗ってジェイバル地方を旅行した。わたしがある富豪のやかたを出発したとき、ゾウのやつは町の真ん中で立ち止まって、大グソをたれた。これはまさに、ゾウ的な規模で行われた壮大な脱糞であった。
 排便が終わるか終わらないうちに、一人の老婆が近くの小屋から飛び出してきて、この巨大なクソのピラミッドの上に、うれしそうに身を投げ出した。そして去り行くゾウに対し、この老婆は感謝の手を合わせた。このクソは乾かすと一週間分のカマドの火になるのである」

中村浩「糞尿博士・世界漫遊記」

 

まじめな娼婦

「昭和33年、売春取締法が実施され、もう商売ができないと悩んだ28歳の娼婦が、鳥取県で入水自殺した」

まじめな人だったのねえ。絶対無くならないのに。

唐沢俊一+ソルボンヌK子「世界の猟奇ショー」

 

悲しい少年

「昭和37年、色盲の少年が菓子屋に奉公したが、紅白まんじゅうの色の見分けがつかないことを苦にして、ガス管をくわえて自殺した」

転職しようとは思わなかったのか?カラー原稿の絶対来ない中堅マンガ家とか。

唐沢俊一+ソルボンヌK子「世界の猟奇ショー」

 

なぜよそ者とわかるか

もう十年以上も名古屋に住み、難解な名古屋弁もそこそこにこなせるのに、どうしてもよそ者扱いをされることに業を煮やし、あるとき実験をしてみた。何の予備知識もない初対面の人物と会った時、東京人であることを隠し、名古屋人のふりをしてみたのである。
 栄という繁華街でその人に会い、自分の会社へ案内する間、みゃあみゃあ、と名古屋弁でしゃべり、意識的に歩行速度を落とし、(原注:名古屋人は東京人の半分の速度で歩く)信号待ちになった時は道端にしゃがんでみせた。(原注:最近は、東京でも大阪でも若者が街中でしゃがむようになったが、かっては道にしゃがみ込む都会人は名古屋にしかいなかった)
しかし、ものの三分もしないうちにその相手の人はK氏にこう言った。
「Kさん、東京の人だにゃあですか」
K氏がどうしてわかったのかと尋ねると、こういう答えが返ってきた。
「すぐわかるぎゃ。地下街があるのに地上を歩きゃあすもん。東京の人は地下街が嫌いだでよう」

清水義範「蕎麦ときしめん」

 

オリンピックはタブー

ついでに、もうひとつ絶対に名古屋で言ってはならない言葉を教えておくと、それは、オリンピックである。タクシーの中でオリンピックを話題にするのは、どんな扱いを受けてもかまわないと、覚悟した上でのことでなければならない。名古屋オリンピックがお流れになったとき、市長が名古屋城の金のしゃちほこに首吊りになりかかった土地柄なのである。

清水義範「蕎麦ときしめん」

 

恐怖の球技大会
 だが全く苦労がないわけではなかった。自分がクラス委員であることを、心の底から呪ったこともある。その最大の例が、球技大会での出来事だった。
 それは三年生になって一ヶ月ほど経った頃に行われた。種目はバレーボールとバスケットボールに分かれていて、全員がどちらかに参加しなければならなかった。
 ホームルームの時間に選手を決めたのだが、この時ある現象が起きた。一般生徒はバレーボールに集中し、ワル生徒はバスケットに集まったのである。
 なぜこんなことになったか? その理由は、二つの競技の特徴を考えると明白だった。バレーボールは敵とネットで仕切られており、直接身体が触れ合うことはない。それに対してバスケットの場合、相手との接触プレーなくしては試合にならない。つまり一般の生徒たちは、試合が乱闘になることを予想してバスケットを避け、逆にワル生徒たちは、それを期待してこちらを選んだのだった。
 ところが最終的にメンバーを決める時になって問題が起きた。あまりにもバレーボールのほうに人数が偏り過ぎたため、調整しなくてはならなくなったのだ。だが一般の生徒たちが、簡単に説得に応じてくれるわけがない。結局、
「俺もバスケットに入るから、おまえらも付きおうてくれ」
と頼むことで、何とか数人を口説き落としたのだった。
 こんな事情だったから、球技大会当日は、ただ憂鬱なだけだった。おまけに第一試合の相手は、わが八組とガラの悪さで競っている四組だ。何事もなく試合が終わるなんてことは、とても期待できなかった。
 だいたい試合前の準備からして異様だ。バスケットの試合に出ることになっているわがクラスの選手たち、つまりワル生徒たちは、それぞれ持参してきた凶器の見せっこをしているのだった。ドライバーやナイフをジャージのポケットに忍ばせる者あり、手の甲の部分にベルトのバックルを仕込んだ軍手をはめる者あり、頭突き用に鉢巻の下に鉄板を隠すものありという具合だ。どこに隠すつもりなのか、折畳み式の傘の柄だけを持ってきている奴もいた。彼らは防御にも抜かりなく、全員が腹の部分に週刊誌やマンガ雑誌を入れていた。田中真理のヌードが載っている「平凡パンチ」や『男どアホウ甲子園』の「少年サンデー」といったところである。

「逃げよ」
 試合に出ることになっていた友達は、ぼくにこう提案した。
「こんな奴らと一緒におったら、身体がなんぼあっても足らんで」
「せやけど俺は一応クラス委員やぞ。逃げたりしたら、後で何言われるか、わかれへんやんけ」
「ほな、おまえは出ろ。俺は隠れてる」
「あほ。ここまできたら道連れじゃ」
 ぼくはその友達の腕をがっちりと掴んだ。
 いよいよ試合が始まった。ワル生徒たちは、「おーし、出入りやぞお」と言って張り切りだした。
 バスケットであるから、一度に試合に出られる人数は決まっている。だが全員が一度はコートに出ることというのが、この大会の規則だった。そこで僕たち一般生徒は、
「コートに入っても、決してボールに近寄らないこと」
という作戦を立てた。ボールを持ったら、敵の反則攻撃を受けるからだ。
 しかしいざ試合に出てみると、そうはうまくいかなかった。どんなに逃げ回っても、味方にパスされたら受けるしかないからだ。そんな時には、すぐに誰かにボールをパスするわけだが、少しでも遅れると、敵チームの連中から襲いかかられた。ゴール下でボールを受け取ってしまったので、仕方なくシュートした時などは、四方八方からボカボカに殴られたり蹴られたりした。それでもファウルのコールは全くされない。審判はバスケット部の部員がしていたのだが、そいつは自分の身の危険を感じてか、ラフプレーが起きそうなところへは決して近寄ろうとはしなかったのだ。またどういうわけか、この試合については周囲に教師の姿はなかった。

 そして試合が中盤にさしかかった頃、誰もが半ば予想していた事態が起きた。つまり怪我人が出たのである。被害者は、プラスチックハンマーを振り回していた、敵チームのツッパリだった。突然倒れたかと思うと、白いトレパンの太腿の部分が、みるみるうちに血で赤く染まり始めたのだ。その傷口に突き刺さっているのは、紛れもなく、試合前に見たドライバーだった。
 大騒ぎになり、この頃になってようやく教師たちが掛けつけて来た。男の体育教師はドライバーを見て、
「誰や、誰がこんなもん持ってきた?」
と怒鳴ったが、もちろん答える者などいない。続いて教師はそばに落ちていたプラスチックハンマーを拾い、
「これは誰が持ってきた?」
と喚いた。持ち主のツッパリは、痛みをこらえながら黙っている。この様子にはぼくたち一般生徒も失笑した。
 球技大会はこの時点で中止になり、この試合に出ていた者は、全員その場で身体検査された。プロレスの悪役レスラーが使いそうな小道具が次々にみつかり、つい先程まで試合の行われていたコートの中央に集められていった。僕までもが調べられた。
「ほんまにもう、こいつらは・・・・・」
僕の身体を調べていた教師が、うめくように呟いた。
 パトカーだか救急車だかのサイレンが近づいてくるところだった。僕はバンザイの格好をさせられながら、受験なんかどうでもいいから、なんとか五体満足のまま卒業できたらいいなと思ったのだった。

東野圭吾「あの頃ぼくらはアホでした」

 

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